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安政の大獄時の、吉田松陰に対する世間一般の認識を考えてみる


安政の大獄で処刑された吉田松陰は正しい事を人々に伝えた事で処罰されたのだと今の歴史では教えるのだろうか

しかし、当時の人々は吉田松陰についてどう思ってただろうかと考えると、多くの人は罪人だと単純に考えていたのではないか。もちろん吉田松陰という人物を知らない人は多かっただろうし、知ってる人でもお上が処罰するのだから、間違いなく悪い事をしたのだろうと考えたのではないか

彼を始め維新志士達は後世になって名を挙げた訳であるけど、当時は維新志士は多くの人にとっては迷惑な存在で本当は社会のため、日本のために働いているとは思ってなかったんだろう

だから彼らが騒いでる(?)のを見て、非常識な困った奴らと感じた、頭ごなしに否定した、そういう人は多かったのではないか

でも事実は明治維新が起こり、時代が変わった

それと同じ事が現代の日本でも起こっている。
28日に植草元教授が痴漢で上告棄却された。でもその事実を調べるならばこの判決はあまりに不当で、しかも冤罪の可能性が非常に高いのだ

私たち国民の中に維新志士達に憧れた人は少なくないだろう。あの時代を作ったというのはまさに驚きであり感動である

そして今の時代はまさにそういう時なのだ、時代は動き、私たちの立っていた足場である資本主義は崩壊に向かいつつある

維新志士達に憧れた事があるならば、今はまさに絶好の機会である。刀がなくとも私たちにはペンやキーボードがある。多くの人にこの事のおかしさを伝え知らせる事は、将来、子や孫にも自慢出来る事になるだろう

もし将来、子供や孫にこのことで「何したの?」と聞かれて「何もしなかった」と答えるならば、非常に格好が悪いと感じないだろうか。「私はあの時、やっぱりあれはおかしいと思ってその事を多くの人に伝えた」と言えれば、誇らしいのではないだろうか?

昔の維新志士に憧れずとも、私たちにはこういう時代の大チャンスがあるのである

平成の維新志士に、皆がなろうではないか


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1 ■無題

私の研究対象としている団体も、吉田松陰や維新志士と同じようにその時代では不当な扱われ方をしていました。

この記事を読んで本当に似ていると思いました。
そしてそのことに今まで気づいたことがありませんでした。
気づかせていただいてありがとうございます。

権力者や、世間一般に流布している見識と反するような己にとっての真理を公言することはなぜこんなにも困難なのだろうかと考えさせられました。
今は幕末でも、第二次世界大戦中でもないのにと思う反面、何もしないでもある程度の生活が出来てしまう現代にただ甘えてしまっているだけなのかも知れないと自分自身を恥ずかしく思います。


私は自分の感じたことを、文章として伝えられる人間になりたいと思いました。

2 ■Ellyさんへ

気付いて下さってありがとうございます

歴史の教科書に書かれている事を、私たちは今の自分達に当て嵌めて考える事はあまりしないけれど、歴史を学ぶ事の意義の一つは日常からずれている事を察知する事にあるのだと思います

安政の大獄も第二次世界大戦も時代の変化を感じている人は小数でした。世間一般は彼らを単なる変わり者や犯罪者としてみていた

でもこういうことが起こる時には、時代のサインがあるわけですね

今もそういうサインが出ていますし、出来るだけ多くの人に気付いて欲しい

そう思って情報発信しています
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