スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

脳死は人の死ではない


人間の心は脳の中には存在はしていない。

多くの人は脳が心を生み出すという科学による幻想を信じており、それが今回の臓器移植法改正に繋がった

今回はこのうちのA案が採決されてしまったのだが、この法案が完全に間違いであるのは、脳死をもって人の死と定義してしまったことだ。

まず、科学というのは真理などではない。科学というものは宇宙における現象を「科学的方法」をもって記述する学問であり、この記述されたものが科学法則などと言われているのであるが、これは所詮宇宙について考え出された抽象的な理論でしかない。

理論というものについて、以前私は限界があると以下の記事などで説明した。
理論の限界
"本当に解る"というのは、体験・経験することだけであること
地球と地図との間

今の人類は科学的幻想に囚われているのであり、その向こうに続く広大な宇宙についてあたかもないようなものとして扱っているというのが正解である。

例えば、生まれ変わりという事例が幾つもある。これは科学的には決して説明はつかない。これは当然のことであって、科学「理論」という枠組みでは宇宙を決して語り得ない限界があるからなのだ。

具体的な事例は元福島大学経済学部教授飯田史彦氏の「いきがい」の夜明けという論文にいくつか載っているのでお目を通してもらいたい。また、飯田史彦氏の著書は、経済学者の植草一秀氏も愛読されていらっしゃることも、氏のブログおよびご本「知られざる真実―勾留地にて―」に書かれている。

脳死は人の死ではない、そもそも人は死ぬことはなく、神道的にいえばこの世から黄泉の国に移るということであり、仏教的にいえば輪廻を繰り返すということなのだ。

死というものに対して、あまりにその内容を知ることなく、科学万能主義という幻想に従って人の死を定義したことは、あまりにも間違いである。

私が間違いだといっているのは、移植の是非云々ではなく、そのようなことを法によって定義したことであることを明記しておく。人が死んでいない状態であっても移植ができるという法案というものも考えてもいいからなのだ。


人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

1 ■無題

おっしゃること妙案と思います。
人の死は脳死ならば仮の死みたいなもの。
肉体から魂が分離していくのは本死の時やと思いますから。

2 ■Re:無題

>たぬきさん
これは調べてて解ったのですが、脳死になっても涙を流したりすることはよくあるようです。
脳死になった人から臓器が取り出されるとき、涙を流すとか。。。これはつまり脳が働かなくても生きているってことなんです。。。臓器移植法案ってつまり合法的殺人を許可するってことです。
プロフィール

翼を失った天使

Author:翼を失った天使
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。