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地球と地図との間

地図からは地球に関してある程度の情報を得ることが出来ます。


この国や都市は大体どこにあるか、どれくらいの大きさかなどがある程度わかります。


有名なものが幾つかありますね。


メルカトル図法・・・地球を四角い図面の上に現した図法


モルワイデ図法・・・楕円の形で地球を表示し、面積の比率が同じになるように設計された図法


地球儀


などなど


色々と役に立つ地図、でも私達は「地図=地球」とは思いませんよね。


そんなの当然だと思うことと思います。


だって、地図の上には人間や動物は暮らしていないのですから。海は水ではありませんし、大陸は土ではありません。


本物の地球と比べて、地図や地球儀といったものはあくまでモデルと考えることができます。


「本物の地球」と「地図や地球儀」の関係は、「現実世界そのもの」と「理論的世界観」の関係と対応すると考えることが出来ます。


それはどういうことでしょう。理論的世界観というのは哲学や科学などで、世界はこれこれこのように出来ているというモデルのことです。例えば一般に科学理論と言われているものがこれにほぼ当てはまると考えていいでしょう。


科学理論というものは、「本物の地球」に対しての「地図や地球儀」のことだといえるわけです。だからあくまでもモデルであって、現実世界そのものではないといえます。


地図や地球儀は地球に対してある程度の情報を得ることができます。実際に地図を使って目的地に行ったり面積を測ったりできますね。でも例えばシンガポールとはどういうところか、そういうことは地図には載っていません。それを知るためには実際にシンガポールに行ってみて体験する必要があります。


同じように科学によって、私達は車を作ったり、建物を建てたり出来ます。でも、人がどう思ったか感じたか、またはどのような経験をしているかなどは言葉で説明される以上のことはわかりません。有用な部分はあっても、決してわかりようがない部分があるのです。


現代人にはこのことを混同している人が多いといえます。○○は科学的だというと正しいことのように思う人が多いですし、反対に○○は非科学的だというと間違えているという風に思う人が多いのです。

正しくいうならば、科学で解ることと、科学では解らないことがあるということです。そして科学で解らないことに関しては決して科学では解りえないということです。


人によっては科学が進めば全てのことが解ると考えている人がいるかもしれません。でも、そういうことはないのですね。


メルカトル図法をさらに精巧にしてモルワイデ図法にしても、それは地図でしかない。地図を立体化して地球儀にしても、それは地球そのものではなく地球儀に過ぎない。

同じように、科学理論をいくら精巧にしたところで、それはモデルでしかないのです。現実世界そのものとはなりえない。


これは別に科学だけに限ったことではなく、全ての存在論に当てはまります。


世界とは何か、私とは何か、それを知ることは簡単に解りそうに見えてとっても難しいことなのです。

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1 ■頭がよくなった様な…

………。自分なりに噛み砕いて読みました。
【私はバカなんです。すみません】ゲストブックのお礼に来たのですが、にゃんこちゃんが実家にいる事かしこまりましたああ?!実家に行かれる事があればまたまたあのにゃんこちゃんの写真待ってます。キレイな顔立ちに惚れましたあー!

2 ■れなさんへ

にゃんこの名前はアスカといいます(^O^)

漢字はどう書くかわかりませんwそのうちまた別の写真をアップするかもです?

この記事の内容は…、科学は万能じゃないよってことです
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