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“私たち「地球的ゲシュタルト」を持つ生命体の「認識構造」”とは上手い表現方法だな?。

そうそう、物理学というのはローカルルールであって真理じゃない。今の世ではそれを勘違いしている人が多すぎるんだよね?。

科学主義を標榜する人には、認識の意味が解っていない、論理的な考え方が出来ない人が少なくないからな?。。

自然科学のポジションと霊性


自然科学に霊性のヒントを求めて、物理学の本などを熱心に読む人がいるが、それについて私の考え方はどうなのかというと・・

自然科学はけっして虚妄ではない。ある程度、私たちの世界の構造を解明している部分もある。もちろん不完全ではあるが。

ただその認識はけっして、宇宙そのものの認識には達しないであろうと思う。自然科学が見ているのは、むしろ、私たち「地球的ゲシュタルト」を持つ生命体の「認識構造」ではないだろうかと私は推測している。

つまりこの物質的地球に生きるにあたって私たちがあらかじめ合意している、共通の認識構造があり、それが人間的現実というものが共有され、あたかも客観的であるかのように感じられているという事態を作っていると思うのだが、その認識構造を見ているのではなかろうか。従ってそれは私たちが地球的現実を離れたら通用しなくなるものだと思う。つまり、ローカルルールなのである。宇宙的法則を解明したわけではない。自然法則として発見されているのはすべてローカルルールだと思う。そしてこれは『魂のロゴス』や『スピリチュアル哲学入門』にも書いたと思うが、地球界を超えた上位次元の存在はこうしたローカルルールを超越した力を持ち、必要に応じてそれに介入することも、しようと思えばできるであろう。私たちも自分の中にある、地球次元を超えた力を呼び覚ませばこのローカルルールを超越できるわけであって、それが超感覚と言われるものである。

ただ先端的な物理学者などがある上位次元からインスピレーションを受け取って、より奥深い宇宙への直観を理論として表現するという可能性はあるし、そういうこともおそらくおこなわれているであろう。それを見て面白いと思うのは、そのイデーに刺激されるからであって、その理論が宇宙の実相を捉えているからではない。あるヒントが隠されている、という程度のものだろう。それでもそういう営みが人間界に存在する意義はあるだろう。だいたいこういう感じが私の立ち位置である。

本格的に宇宙の構造に迫っていくためには、人間次元を超える高次元知覚が開かれて、それによって探究するのが本道であろう。
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1 ■同感です

といっても自分は、そういう思考が真理に近いと
推測してる段階ですが、
よく分かっていませんが
真理は科学には無いと思います、ビッグバンが、どういうわけで起きたのかなど根本的な宇宙のことはまだ科学で分からないのに、科学を絶対とするのは一時的なローカル思考であろうと感じています。誰が、クオークを作ったのか、解明できていない、クオークの先が説明できないで物質だけの物理法則も心もとないと思います。

2 ■Re:同感です

>ktnpoさん
コメントありがとうございます。
究極の微細な物質で世界は成り立っているという前提で、物理学は発展してきました。でも究極の物質を求めれば求めるほど世界を切り離して考えられないことがわかってきました。
量子力学では、観察者と被観察者とを切り離して考えられないことを明らかにしてきました。それ以降の物理学でも究極の物質を追求してきましたが、追及すればするほど究極の物質が微細になっていき、それは永遠に解けないパズルだということが理解されてきました。
理論物理学でもそのとおりですし、宇宙物理学でもダークマターの存在は完全に謎のままです。
結局、物理学は人間の唯物的認識と数学的思考によって宇宙の性質の一側面を語っただけのものだと私は思います。
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