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同じな

【ソードのペイジ】/逆位置
トラブル発生しちゃうかも。
でも、すぐに解決しそう。
言い合いやケンカの暗示も。
攻撃的な言い方はやめようね。


占いTOPへ


ものが2回も来ました!

ある意味ワクワク((o(^-^)o))
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循環とバランスの世界

「この宇宙、この世界中のもので、無関係に存在するものは何一つとしてなく、全てが因果関係、相関関係を持っています。

われわれ人間についてももちろん、生き方においても人間一人の力だけで生きているのではなく、神さまの力で生かされ、多くの人たちの温かい力添え、また自然の大いなる恵みに助けられ、生かされているのです。

つまりは、こうした当たり前のことを忘れ、自分の力で生きていると思うから不平不満、間違い、争いが起こるのではないでしょうか。


文明の発達や科学技術の進歩は、必ずしも人類の繁栄、幸福を約束してはきませんでした。

このままでは、全体の循環・バランスを忘れ去った人類に明るい未来はありません。


今だからこそ、私たちは科学・知識より宇宙の生活の知恵を学び、自然の立場、自然の循環を思い、その法則にしたがったバランスある生活を取り戻さなくてはなりません。

それこそが、幸福なすばらしい人生への早道であると確信しているのです。」


葉室頼昭氏の著書「感謝のこころ」より



今の文明は行き詰まっています。

それは何故でしょうか。


大事なこと、自分ひとりで生きているのではないこと。神さまや多くの周りの人、自然などに生かされていること。

そのことを忘れてしまったのが、そもそもの問題ではないでしょうか。


そろそろ、人間の頭で考えだした知識などではなく、人間が感じてきたことに戻って生きていることに思い至るのが大事ではないかと感じます。

芸術について、簡単にまとめてみた。

1.芸術とは視覚芸術・音楽・文芸・舞台芸術の総称である。


2.芸術は論理ではない。


3.芸術は哲学や科学などとは全く違うところから発生しており、決して哲学や科学に還元できない。


4.真の芸術は真の宗教性と密接な関係がある。ただし宗教性とは宗教のことではない。


5.芸術は表現そのものが目的である。


補足として幾つか書きます。


2について、芸術は理屈ではわかりません。理屈をいろいろ並び立てても、良い物は良い、あまり良くない物はあまり良くないということです。モーツァルトやピカソ、ゲーテを理屈で解りはしません。解るのは形式や部分的なものくらいです。


3について、知識人や科学者には勘違いしている人が多いと思います。こういう考え方は芸術を貶めるものです。


4について、これは芸術がどのように発展してきたかを調べると解ります。

西洋において絵画は宗教画から、クラシックは宗教音楽からの派生です。また、日本では華道、茶道、能、雅楽などは神道や仏教と密接な関係があります。

また、様々な民族宗教では、宗教的なイベントにおいて、ダンスや音楽が多く使用されています。

でも、当然のことながら、芸術は宗教ではありません。同じものを指し示そうとしていても。


5について、あわよくば儲けたいとか、人に自分の考えや思いを知らせたいとかはあると思います。でも一番の理由はやはりそれが好きだからなのではないかと感じます。



因みに、落ちとして私には芸術的才能はさっぱりありませんw

神話学序論を読み終わって

大体良かったのだけれども、最後に一つだけ。


絶対的な神話を最後の方で定義していたのだけれども、無理やり多神論が否定されてること。

ここは多神論的一神論がもっとも収まりがよいと思う。


ロシアはロシア正教の国だから一神論を肯定したいのだろうなと思った。


ものすごくどうでもいこと

さっき、コメントの暗証番号が89898となりました。


以上!

今週の収穫

今週は多くの本を神保町の古本屋さんで買いました。


もって帰ってくるのが重かった?ガーン


まずはこれ










何か色々と?、仏教やイスラム教のお勉強


そしてそして






葉室氏の本が格安で売ってましたょ。感謝のこころのほうは書き込みがあるものの300円とはすばらしい!

葉室氏の著作はすばらしいのでオススメですょ?(^.^)



お次?




次はウィトゲンシュタインについて読もうかなと。これは簡単に読める感じですね。



そして次は。。。


アマゾンに画像がありませんでした!w


山蔭基央氏の「己貴秘伝」 

これは、実践的な古神道の行道について具体的に説明してます。

あくまで実践書です



こんな感じでした。

まだ、キリスト教の入門書っぽい本が欲しいかなぁ・・・

柳楽優弥くん

先ほど、ニュースを見てたら、薬大量服用で倒れたということがかかれてました。


命には別状はないということのようです。


14歳でカンヌの栄誉に輝いたということは、人には決してわからない苦しさとなっていたのだろうと感じます。


がんばれとはとても言えないです。


でも10年後、20年後が非常に楽しみな俳優で、スクリーンでそのときどういう演技をするか、是非見てみたいのです。


身体的、精神的な面の両方で、健全な回復をされることをお祈りしたいと思います。

無限のものを含むZERO

今日、ある方のブログを見てて思い出したのですが、ゼロというものには二つあります。


もともと0というものを考え出したのはインドです。


数学とかすると0というものはよくでてきますね。それほど一般的なものですが、昔はそれは大発見でした。


インドの0にはふたつのゼロがあります。


その二つとは何でしょう。


1.全くないことを表すもの


 これは普段われわれが考えるゼロのことです。1?1=0のゼロですね。


 これとは別にもう一つのゼロがあります。それは


2.無限のものを含むゼロ


 こちらのゼロには無限のものが含まれています。


 このゼロから世界は生成したといいます。


 でも、単なるゼロからは何もできません。無限を含むゼロだからこそ世界はそこから生まれることが出来たわけです。


 例えば、インド哲学におけるブラフマンだったり、仏教における空といったものがこれに近いのだと思います。


仏教における空は、色即是空 空即是空、などというように、あるとないの矛盾する状態を同時に持つものです。これは無限を含むゼロに非常に近いですね。

逃げ出した先に、楽園なんてありゃしねえのさ。

我らがガッツ君のお言葉です。


主人公のガッツがジルという少女に言った言葉です。


漫画を読まないと、この台詞の意味するところは解らないかと思います。


ちなみにこの漫画はあくまで私の趣味で、このブログの主な内容とは一切の関係はありません。


あしからず。。。。。


以上



日本においての神道と仏教の役割

神道や仏教とはなんでしょうか。
日本の伝統でしょうか?それとも文化でしょうか?

伝統や文化というのは一面では正しいのですが、それだけではありません

端的に言えば神道は祈りと祓いの技術で、仏教は成仏の技術です

そして大事なのは神道においては神や精霊の存在を感じること、仏教では仏の実在を知ることです。
それは祓いや念仏の技術に先だって必要なものです。

それを感得するのがいわゆる修行なのですが、形式だけの仕事をする神職や僧侶は少なくないです

修行というのは精神修養などではなく、見えないものを感じる力を養う技術です。正しい人の元で正しく行えばそれなりの神通力は得られるものです

そしてそのための霊的開発システムの技術では日本におけるこの二つの宗教は世界でも優れているものを持っています

ですが、人知を超える存在を敬うことをせず、現世利益だけを追い求める神職や僧侶が多いのが現状です

精霊の守り人 アニメ

今日までYahoo!で無料配信されているらしい

昨日見つけたのだけれども、実は今月頭からやってた模様。全然知らなかったさ?(-.-;)

でも先に小説を読んでるとかなり違和感ありますね。
小説の方がリアリティを感じるのは仕方ないかな

イエス・キリストの読み方

キリストの教えは聖書を読むことがベストです。

キリストの言葉には隠喩がかなり使われていますが、無理に解読しようとしなければキリストが言いたかったことは解ると思います。


また、歴史を読み解いていくと解るのですが、キリストの教えそのものは、ローマ帝国の国教とされた後とは全く違います。


キリストは「右のほほを打たれたら左のほほを向けなさい」と言って、決して争うことをしようとはしなかったことと、ローマ帝国以後の西洋史がどのような歴史を歩んだかを調べて考えるとよいです。


キリストの有名な言葉の一つに、「あなたの敵を愛しなさい」があります。

ヒンドゥー教徒だったガンジーが実践した非暴力主義や、仏教徒である現ダライ・ラマ法王が実践している同じく非暴力主義はこのキリストの言葉から来ていたりします。


本物の言葉は国や宗教の違いを超えるものです。

そして、その言葉の真髄をつかむ側の謙虚さもすばらしいものだと思います。

小説の

主人公の名前を子供につけた人が以前一緒に仕事していた人にいます

しかもその小説家の作品は私が進めたものだったり(^_^;)

破天荒な主人公の名前を子供につけるなんていいのかねぇw

起きた時に

頭の中で音楽が流れているような状態はありませんか


多分モーツァルトとかなら、それを楽譜におこして新曲に出来たりするのですが、私のような音楽に才がないとまったくそんなことは出来ません。

全く聞いたことないけれど、なんか繋がってるような音楽だったりするんですよね。


シュタイナーは寝ている時に、人間の自我は音楽的な世界に入り込むというようなことを話しています。


もしかしたら、それを起きた時に覚えているのかもしれません。


因みに、暫く経つときれいさっぱり忘れてしまいます。


悲しい・・・w


今一番行きたいところ

春日大社で決まり!

他には伊勢神宮かな?。

近畿まで行かなきゃならないのはちょっと困りますけどね

ロシアの大地

時々ロシアからはすごい思想家が生み出されたりするものだ。


ロシアといえば、ドストエフスキーやトルストイは有名だ。彼らは世界最大の文豪のうちに間違いなく数えられる。


ヨーロッパ的なものと東洋的なものの特殊な融合がロシアにはある


落ち着いたので、アレクセイ・フョードロヴィチ・ローセフの「神話学序説」を読んでいる。

ローセフは19世紀末に生まれた20世紀のロシア最大の哲学者と言われる人物らしい。

日本ではあまり有名でなく、この神話学序説が始めての邦訳ということだ。


でも、間違いなく彼は一級の哲学者だと感じる。それは、彼がリアリティについての生き生きとした感覚を持っていて、それをいるからだ。


17?19世紀の西洋哲学はほとんど全くといっていいほど、リアリティそのものについて語っていない。

理屈を捏ね回すだけで、本当のリアリティを感じさせる人が少ない。しかも悪いことに、そのような哲学が本当の哲学だと一般に思われている。だが、そんなものは現実から離れた言葉遊びに過ぎない。


そこに対してローセフは神話と現実との関係を論じている。

これは例えば、C.G.ユングやエリアーデ、井筒俊彦などにも通じる内容だ。


そして、それは、1930年ごろにソ連の共産主義体制下の真っ只中で書かれたということは驚きである。ユングなどより昔に、ただ一人、ロシアの地で神話の真実について気づいていたとは。。

そしてマルクス主義の下で、これほどの唯物論批判を行っていたことはすごいと思う。


哲学書の類ではあるものの、堅苦しくなく面白く読める。オススメ

神道の修行で何が辛そうかというと・・・

正座!


これに尽きる・・・。


正座辛いよ。足が痛いよ。


寒い時の禊も辛そうだけれど。

現実学としての神道2

先祖供養について少し補足しておきます。


仏教では先祖を祭るのは仏壇ですが、神道ではそれにあたるのは御霊舎(みたまや)です。


ご先祖様へは供養するこころが重要です。仏教形式でも神道形式でもよいので、供養する習慣を身に付けましょう。ちなみに極論を言うと、仏壇や御霊舎はなくてもよいです。



そして、神道では神様にも感謝します

神様を家の中で祀るのは神棚です。

神様は自然そのものです。神棚がなくても、自然そのものに感謝すればOKです。また、内在神(内なる神)でもよいです。


また、感じる能力ですが、現代人はその能力を退化させてしまっているだけです。

昔は、神様やご先祖様にお祈りすることで幾らか感じていたのだと思いますが、その習慣がなくなってしまったのでその感覚を維持する機会がぐんと減ってしまったのでしょう。


お祈りの習慣を復活させることで少しずつ再開発していけばよいと思います。

その方法とは、

内在神(内なる神)に「生かしていただいてありがとうございます」と、こころを込めて言うことです。

(これについて詳しくは伊勢白山道 氏のブログを参照してください)


神社について


日本には様々な神社があります。古くからの多くの神社は霊脈の上に立てられていたりします。

神祇を執り行うための場所ですが、同時に地震などの災害を最小限に抑える働きもあります。

こういうものを作ったのは大昔の人の知恵なんですよ。

現実学としての神道

私が、神道を調べてすごいと思ったことは、これは現実そのものについて記述しているということです。


前トピックでも書きましたが、現実とは私たちが体験し、感じ、思ったことの総体です。

現象を理論化してしまうと現実じゃなくなってしまうんです。


近世・現代の西洋文明では世界を分析・分解して、そこから取り出したものを現実としてしまうという摩訶不思議なことを行ってしまっています。自然科学はその最たるものですね。

そんな細分化されたものは現実そのものじゃなくなっているわけです。そのような考え方のもとで発達したこの現代文明は、現在様々なところで行き詰っています。


そこにいくと神道はどうなのかというと、神道は理論化は基本的にしないのです。

ただただ、感じること体験することを重視します。


神道では、ご先祖様に感謝します。

ここで、先祖供養は仏教から来ているのだと思っていますが、実は違います。これは元々神道からきた考えで仏教ではないのですね。


ご先祖様に毎日感謝して祈ることで、感じる能力が徐々に身についていくんですね。

これは理屈ではなくて知恵です。しかもご先祖様なら、子孫はやっぱり可愛いはずなので子孫によい助言をしようと思います。


その2につづく

現実そのものへ

現実とは何でしょう。


さっきまで、結構強い雨が降っていました。で、遠くの空では雷がごろごろなっていました。

ごろごろと雷がなるのはあまり心地のいいものじゃありません。


今は雨がしとしと降っています。今日は残念ながら星空が見えません。。


そして、私はPCの前でこの記事を書いてたりします。


現実とは今の現象や意識の流れを含めた全てのことです。見たこと、感じたこと、思ったこと、全てが互いに関連しあっている総合的なものです。


これは決して分析も分解も、不可能です。分析や分解を行ってしまうと、それは現実ではないですね。


朝には、太陽が昇って朝日がまぶしく思える。


夜空に満月が昇ると、何か不思議なエネルギーを感じる。カラの財布を月に向かってフリフリするとパワーが財布に入ってくるように感じるw


見たこと、感じたこと、行ったこと、それらは常に互いに関連しています。

これを理論に還元しようとすると現実そのものではなく死んだ理論になってしまいます。


釈迦は縁起という言葉で説明したけれど、この考えは深いなぁ?。

神道関連の本を購入

神道を中心に色々学んでいこうと思ってるのだけれども、はて、神道の神々についてほぼ何も知らないということに気づきました。。w


なので、おとつい(8/21)買ったのが、



日本の神々事典

日本の神々事典です。


とりあえず、神々について知らなければね。



そして昨日買ったのはこれ




日本の神社についての本。ただね?、これを買ったあと気づいたのが、上の日本の神々事典にも神社紹介あったのですよw



で、なんとなく惹かれたこんなものを




ムーカイトという石です。オーストラリアの一部で採れるらしく、心を落ち着かせる働きがあるようです。



福島大野病院事件2

昨日の記事に付け足しです

この訴訟に関してはいくつもの面を考えさせられます

1.死生観

2.特定分野での医者不足

3.ほぼ八つ当たり的な安易な訴訟

4.突然何かが起こった時の心の整理法

この他にもいくつも考える事は出来そうです

福島大野病院事件

菅原氏 のところで話題にされているので、便乗します。


結論からいえば、このケースは過失ではないようです。確かに医療技術は発達しましたが、決して万能ではなく、場合によっては死ということもあります。

このような裁判を起こす背景には、菅原氏の書かれているように日本人の死に対する教育の欠如があるのだと思います。


ただ、今回私が言いたいのは死生観についてではないです。


産婦人科や小児科の医者は現在非常に不足していると言われています。

今回の医療裁判で、さらに産婦人科医になろうとする人が減ったかもしれません。ミスとはいえないことで裁判にかけられるようなことが簡単に行われるようであれば、本当に人を助けたいという医者が少なくなってしまいます。


医者の仕事は裁判にかけられることではなく、少しでも多くの人を治したり、救ったりすることです。そういうことが出来なくなってしまうほど、裁判というものが安易に行われるようなものであってはならないと思います。






寛容であること

度量が大きいこと

相手を受け入れること

相手を批判しないこと

心が広いこと

独善的でないこと


そして物事をねじ曲げず、そのものとして発展させていくこと

猿と人間との間

人間と猿の遺伝子は1%だけの違いしかないと言われます

猿との1%の違いはどのように現れるでしょうか。

人間は確かに喋ったり、道具を使ったりと猿の知能ではできない事ができます。

一方で猿はしないような、戦争や犯罪といったことをする事すらあります


ということは猿には行えないような戦争を行う事が人間らしさでしょうか?

いいえ、人間は争わないことも選択できます。そして人間は猿が決してしないような事を行うのです

それは自分より優れた神という存在を認め「感謝し祈る」ことです。

感謝の祈りは人が人であることを示しています。祈らないことは猿との違いである1%の遺伝子を発揮していないのです

春日大社の葉室頼昭氏は、神への祈りは人間と猿の大きな違いだと言われます。

本当の人間らしさに近づくために感謝し祈って行きましょう。

今日も生かして頂いてありがとうございます。

これは、自分を好きか嫌いかのある意味での指標かも。

script_post_impression,http://tracer.a-cast.jp/entry.js?cid=null&param={adid=null}異性に生まれ変わったら自分と付き合える? ブログネタ:異性に生まれ変わったら自分と付き合える? 参加中
本文はここから

答え:付き合えます。

う?ん。意外と自分のことを好きなのかもしれないと思ったw でもナルシストじゃないはず。。。絶対w

まぁ、でも、積極的じゃないほうなので付き合うようになるまでが長いかと思います。

でも、自分の女バージョンってどうなるのだろう・・・w これはちょっと想像しづらいですw

あるお伽話

ある女の子が親からベッドを貰いました。でもそのベッドは小さかったため、親はベッドに合わせてその子の足を切ってしまいました

このようなお話があります。これを読んでどう思うでしょうか
非常に愚かな事だと思いませんか?

これは個人の思い込みに合わせて、現実をゆがめてしまう話ともとれます。
人は思い込みによって判断することが多くあります。その思い込みは個人でも団体でも発生します。
どのような事に対しても、回りが同じ考えをしているからといって、それが絶対的に正しい事だとはいえないのです。

私は常識というものは全くあてにならないと思っています。
それは常識をただ単に否定するわけではありません。何故世界には自分と違う考えの人がいるかについて調べる事が重要だと常に思います

徳というもの

本物には「徳」というものが感じられるのだと思う。


実はニュー・エイジやスピリチュアルには「徳」というものが感じられないものが比較的多い。

意外と軽薄なところがあったりするものだ。


反対に聖人と言われる人たちや優れた宗教家、哲学者の言葉には徳が現れている。


一見では解らないそういう精神的特質の方が重要なのだとこの頃特に思う。

日本人のこころ

テルテルさんのスピリチュアルラボ を読んでました。


そして同じ結論に達していることにうれしくなりました。


私は今まで、精神世界に興味をもって色々調べてきました。それは海外からの輸入品が多かったわけです。


決して悪いものばかりではないと感じます。よいものももちろんあったと思っています。


でも、探求の末、日本国内に目を向けた時、あまりに遠くばかりを見ていた事に気づきました。

正に灯台下暗しです。


その見つけたものは「神道」です。


精神世界の考えは全てこの神道の中にありました。


自然の中のあらゆるものにカミを見、全てのありとあらゆるものに感謝すること


他の宗教と違い、自然が教祖だから常に繋がっていられる。常に原点を見直すことができる。

教祖が地理的に遠かったり、遠い昔の人になってしまった宗教と違い、常にリフレッシュすることができるのは大きいです。

なぜなら自然はすぐにそこにあるからです。


以前、ブログで葉室頼昭氏 の著書を紹介しました。非常に優れた本です。


また、神道の理論と体系に関しては、山蔭基央氏の神道の神秘 がオススメです。



今の時代には精神の渇きを訴える人が多くいます。

でも、現在の学者の多くは、多くの人が本当に求めている宗教性や精神性といったものを無視し、それにフタをすることしか考えていない!プンプン そんなことでは解決にならないこともわかっていないです。


精神性を追い求める人も、しっかりとした地図が与えられないため、質の悪いものに引っかかる可能性が増えてしまいます。そういう地図を描くことこそが学者の役目のはずだと思います。


神道は日本が世界に対して誇れる、世界でも最高クラスの精神性を持った考えです。

もちろん、神道に関わる人にもピンからキリまであることは言っておかないといけませんが。。


その中では、葉室氏と山蔭氏のお二方は優れた本を多数出版されています。


日本に生まれた意味を考えるとき、神道が答えなのだというに感じられてなりません。

ADIEMUS

瞑想にいいと言われて聞くことになったのですが、いいですね?。


NHKの番組でも聴いたことある曲もあるし、オーラの泉でも使われている曲もあります。


アフリカの大地や、アメリカのグランドキャニオンのような場所と時間を喚起されるような曲が多いです。


悠久・・・


世界は巡るめくもの・・・



そんな感じです。

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